本日の忘れ物

コピー室にリスクマネジメントの試験問題の原稿が置き忘れられていた。コピー室を管理している秘書室に「試験問題だからやばいんじゃねーの、保管してちょうだい」と持って行ったら、秘書の方々がタイトルを見て大笑いしていました。

いろいろ忘れ去られているんだよね。学内試験問題原稿なんて可愛いもんで、裁判所に提出する個人情報満載の鑑定書類とか、患者さんの個人情報一覧とか、講演の謝礼がこれじゃ少なすぎる、もっとよこせとかいう手紙の原文とか….

コピーという目的が達せられると忘れちゃうんだよね。

元PTA会長芋虫mに捧げる文科省の方針

文科省の中央教育審議会の初等中等教育分科会では「初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について」を議論しています。その会議で配布された資料から;

初等中等教育分科会(第100回)(平成27年9月14日)
2.新しい学習指導要領等が目指す姿
2)育成すべき資質・能力について
1.育成すべき資質・能力についての基本的な考え方
現代的な課題

他者に対して自分の考え等を根拠とともに明確に説明しながら、対話や議論を通じて多様な相手の考えを理解したり自分の考え方を広げたりし、多様な人々と協働していくことができる人間であること。

どうでしょ。文科省は方針を提案するのがかなり遅れたようで、元PTA会長芋虫mができちゃったのですね。イモムシだから文科省は関与しない、農水省の管轄だ、といえばそれまでですが。

依然として、何故、元PTA会長芋虫mのみコメントが検閲されているのかがわかわかってないようです。

元PTA会長芋虫mの発言は検閲することに

議論にならない不快なコメントはトイレに流すことにしました。

元PTA会長のコメント欄をご覧になればわかると思いますが、サラリーマン生活27年さんの数々のやさしいお言葉にもかかわらず、また拙ブログ管理人による中学生に対するような文章の添削(おちょくりかも)にもかかわらず、一主婦さんからの議論を行うためのマナーの教授を日本語ができないためか理解できず、挙げ句の果てには管理人を人殺しと誹謗するような発言や「ブログのコメントごときにそこまでの責任は有りません。」というので、小学生にも劣る国語能力しか無い無責任元PTA会長芋虫mのコメントは検閲することにします。

コメントがあったことだけは、あるいは適切な発言だったら、不適切部分を黒塗りにして、管理人が気がついたとき掲載するでしょう。

サラリーマン生活27年さん、申し訳ありませんが、発言に責任なを持てない芋虫は、学とみ子妄想ブログで発言するのが適当と判断しました。いや、自由に発言させたほうが良いとおっしゃるのなら解除します。やさしく説いても無駄なような気がしますが、サラリーマン生活27年さんの努力を無にする意図ではないので。

博士論文はコピペが原則

いやはやすごい博士論文審査の経験者さんですな。博士論文はコピペが原則  146. アサインティスト 2017年11月13日 21:08  だそうです。

「通常、指導教授以外の審査委員は博士論文の独創性、意義、価値を理解できないから」「学位申請論文は既に公表されている論文のコピペで作成」し、「審査委員は「査読付き学術雑誌に掲載された内容を含む」かどうか判断」

するんだそうです。

「理解できない」とは正直な方ですね。しかし「長年国立大学で博士論文審査を経験」者とはいえ(ホントかね?)、博士論文審査について十分理解されていないようですね。確かに、多くの大学院博士課程では博士論文申請に先立って、査読付き雑誌に、申請者が著者(筆頭者が普通だけど)の論文(医学等理系では英語論文*)が掲載・アクセプトされている必要があるとされてます。数は大学院によって違います。しかしこの条件は申請に必要であって、審査には直接には関係ないですね。もし博士論文審査が、どっかの雑誌の査読者・編集者の判定に従うのなら、博士論文審査など必要ないでしょうが。事務員が掲載論文を確認したらおしまいじゃん。

同じ狭い専門分野の教員が複数同じ大学にいることはありえないし、指導教員は審査員にならないから、申請された論文が、審査員の専門分野にピッタリということは殆ど無いですね。でも審査員は申請された論文を読み、必要なら勉強して審査するんですね。大抵、11月ごろ、研究科長とかカリキュラム担当教員が中心になって審査員を決めるわけですが、医学部などは申請件数が多いもんで、3つも4つもの論文の審査に当たっちゃうわけです。審査員は、だからつらいんですよね。(現実には、読まない審査員がいたりして….  )。最近はPubMedとかで、少なくともAbstractは図書館に出かけなくても読めるんで、楽になりましたけど。

既に掲載された・アクセプトされた論文は参考論文として、本論文に添えてあるはずですから、本論文のどの部分が学術雑誌に掲載されているかは直ぐわかります。したがって、アサインティストさんは怪しげな雑誌に問い合わせたらしいですが、そんな必要はないですね。雑誌そのものがあればいいわけです。雑誌が怪しいかもしれませんが。

「内容については、既に複数の覆面の専門家が価値を認めているのだから、それを信用する以外にない。学費を払い、命がけで論文を書き2編Acceptを勝ち取った学生の学位申請を却下することは許されない。」

規定に則っているのなら、命がけかどうかは関係なく、申請は却下されないですね。事務レベルの話ですから。なにか誤解されているのでは?審査が不合格であっては許されないということかな?

「小保方さんはNature以外に一流雑誌に数編掲載していたので、審査で落とされる理由はない。」

というお考えは誤りで、たとえNature, Sience, Cell に掲載されたからといって審査に通るとは限らないのです。これらの雑誌の査読者・編集者の意見とは関係なく論文を審査するわけで、さらに論文だけではなく、博士としての人格も判定基準にあるのです。

例えば早稲田大学 大学院環境・エネルギー研究科では;

博士論文提出者は、研究分野ならびに関連分野の広範かつ高度な専門的知識とともに、学術研究倫理※1に関する理解と遵守に基づく高度な研究遂行能力と研究成果の説明能力等に加え、自立した研究者としての人格・識見・能力等を有していること。

となっています。さて、筆頭著者殿は当てはまるでしょうかね?

* 規定で欧文雑誌に掲載された論文があることとなっていて、ギリシャ語の論文だったことがあり、誰も読めなかったことがありましたな。その後、規則は英語と変更されました。ドイツ語、フランス語が読める教員ならそろう可能性がありますが、ギリシャ語、ポルトガル語などとなるとそろえられないからね。

[ 追記 ] 2017.11.15
一主婦さんが、本ブログの記事を、擁護ブログのコメントに紹介(148. 一主婦 2017年11月14日 13:30)していただいたところ、くだんのアサインティストさんがなにやら喚いていますな。

軒先管理人さんがコメント(本記事のコメント欄)されたように、このサインティストさんがその発言からみて「長年国立大学の博士論文審査をした」とは信じられませんね。「後期課程〇合教官」なんて言葉を知っていることからみると、何らかの関係はあったかもしれませんが。(ちなみに丸合教官とは、博士過程の学生の研究指導をして良いと評価された教員のことで、大学院開設時には文科省に申請して、大学院1期生を輩出してからは大学院教務委員会などか審査して、教員名簿に◯を付けることから来た言葉らしいです。昔は丸合教授とそうでない教授とでなんらかの差があったらしい。)

「学費を払い、命がけで論文を書き2編Acceptを勝ち取った学生の学位申請を却下することは許されない」の意味が理解できないようでは、貴方は教育者ではありません。

学位論文審査申請と学位論文審査の違いがわかってないようです。申請は条件が整っていれば受理されます。その条件の1つが「査読制度のある英文雑誌に掲載された・される論文があること」なんですよね。「博士課程で規定の単位を修得したこと」などと同じ条件で事務レベルの問題なんですよね。

2編Acceptを達成した学生に、学位を出さないというのは、教育者としてだけでなく、人間としても失格です。私の大学ではそんな教官は一人もいなかった。

どんな多くのに発表論文があろうと、提出された論文について審査するわけで、その審査結果を持って審査員が「人間失格と評価」されたらかなわないですな。申請者が「学費を払い、命がけで論文を書いた」ことと審査の合否とは関係ない話です。

現実問題としては、大学院によって違いますが予備審査などがあり、正式な申請前に仮の審査を行っていたりします。ここが実質的な審査になっています。これは理由があって、いきなり審査に提出したとき、その論文が不合格だと二度と同じ内容の論文申請は許されないからです。3年あるいは4年かかって得たデータを元に書いた論文が不合格になったら、再度別テーマの実験・調査を行わなければいけないわけで、それではあまりにも不幸でしょというわけです。ですから、予備審査では同じ実験結果で3ヶ月後とかに再申請できるので不合格の判定を躊躇なく行えるわけで、予備審査を通過したら本審査もほとんど通る(勿論、様々な不備等が指摘されて改訂することという条件が付くことが多いわけですが)ことになります。つまり、傍から見ていると申請したら合格ということになります。

キラキラ和食の女子会

今回の女子会は前回と多分同じメンバーで、一番若い方に何を食べたい?と紹介者のバーサン経由で聞いたら、キラキラ和食と言われ、管理人を含めたジジイ・ババアにはなんだかわからない若者言葉ということで悩んでしまったわけですね。

突き出しは

牛たたき、柿の生ハム巻き、きのことサーモンのマリネで

先週からブリのアラと共に炊いたブリ大根のブリのアラは取り除き、新たに切り身を加えた ぶり大根 とここまではは普通なんですが。次のディッシュがキラキラかと、勝手に解釈して、

コブシメ鯛、ソイ、マグロ大トロ、ミズダコ、イカ、甘エビ の盛り合わせ なに普通の刺し身もり合わせじゃん。

んで、酔っ払った上げくの鍋は、食い散らしたあとで

きのこと肉団子と春雨とせりの中華風鍋を予定していたのですが、エビもいれろ、ワタリガニでダシをとれとか言われて中華風ではなくなり、なんだかわからん肉団子の寄せ鍋です。

そのあとのデザートのコーヒーとアイスクリームの写真はなく大騒ぎで終電に間に合うかとか言いつつお帰りになりました。

結局、キラキラ和食なんて、この若いお嬢さんが言ったわけではなく、きらきら と 和食 の間に改行がはいらないメールのせいだったようです。

理不尽な算数の問題

船上に26匹の羊と10匹のヤギがいる。このとき、船長は何歳でしょう?(2017/11/9 14:00日本経済新聞 電子版)

大多数の子どもが「36」と答えるらしい。

大学生だってそうだ。もっとも足し算・引き算ではなく掛け算・割り算あるいは比の計算式を持ち出してくるけどね。大多数ではないけど、かなりの割合でいるさ。RR間隔と心拍数ちゃんと読めという記事でも書いたたけど、掛け算・割り算の組み合わせを適当に作って計算するので、心拍数は5.3 bpm(回/分)なんていう答を平気で書くんだよね。

算数のドリルなんてのを数多くやらせると、答えを出すための組み合わせ・パターンのほうを学習しちゃうんだよね。

テキストを読んで重要な点にマーク/アンダーラインを引くなんていう操作もおなじで、文の構成からマークする点がどこだかパターンで認識するわけで、内容を理解してマークするわけではないのね。

パターンで物事を決めつけてしまういうのはどうやら日本だけではないらしい。

mailman 添付書類が..URL になってしまう

Mailman で添付書類付きのメールを送信すると、

————– next part ————–
テキスト形式以外の添付ファイルを保管しました…
ファイル名: test.jpg
型: image/jpeg
サイズ: 15228 バイト
説明: 無し
URL: <http://example.com/mailman/private/hogehoge/attachments/20171106/a015cce9/attachment.jpg>

というのがメールの最後に表示され、このURLにアクセスするとパスワードなんかが要求されて見えないというクレームがきた。

メールの末尾に添付書類があってクリックすると開くようになっているはず…

原因が分かった。

[ 普通配送オプション ] の 「普通配送メールの添付ファイルを保管しますか?」 が はい になっていたからだ。


scrub_nondigestの詳細 を読むと

scrub_nondigest (nondigest): 普通配送メールの添付ファイルを保管しますか?
添付ファイルを保管すると、ウェブブラウザでアクセスできる保存書庫の 一画に保存され、メール本文にはリンクが作成されます. 添付ファイルを 完全に消去してしまいたい場合には「添付ファイル除去」のオプションを 使ってください.

とちゃんと説明があった。

しかし、「普通配送メールの添付ファイルを保管しますか?」はないだろうな。ここで はい でも いいえ でも添付書類は保管されるんだからな。保管するかと聞かれたら保管するを選んでしまうだろう。

英語では「Scrub attachments of regular delivery message?」でこの翻訳が上記の赤字だ。あんまりだな。「普通配達の添付書類は取り除いて配信しますか?」がふさわしい。「普通配達の添付書類は取り除きブラウザでアクセスできるようにして配信しますか?」だったらもっと丁寧な説明だ。Scrubとは削ぎ落とすという意味だ。メーリスなので添付ファイルがあってメールの容量が大きすぎると、トラブルがあちこちの配信先で発生する可能性があり、これを防ぐためのオプションだ。

scrub_nondigestの詳細は

When you scrub attachments, they are stored in the archive area and links are made in the message so that the member can access them via a web browser. If you want the attachments to totally disappear, you can use content filtering options.

だ。

添付ファイルを保管すると、ウェブブラウザでアクセスできる保存書庫の 一画に保存され、メール本文にはリンクが作成されます. 添付ファイルを 完全に消去してしまいたい場合には「添付ファイル除去」のオプションを 使ってください

と翻訳されているけれど、

もし添付ファイルを取り除くと、そのファイルは保存庫に保存され、メッセージにはリンクが表示され、Webブラウザを介してメンバーはアクセスできるようになります。 添付ファイルを完全に消したい場合は、添付ファイル除去のオプションで設定できます。

のような翻訳がふさわしい。

添付ファイルの削除は他の項目で設定するからね。

デフォルトはどっちだったかわすれてしまったが、多分 いいえ だと思う。つまり普通に添付されるわけだ。なんかの設定のとき、「保管しますか?」を読んで思わず はい にしちゃったんだろうな。

 

nagayamaは沈殿するかーしそうにない

学とみ子氏のブログは妄想ブログとして周知されているところですが、ご本人は数々の批判に対しては揚げ足取りと全く意に介していませんな。それにしても、今回の投稿「桂調査報告書を、STAP肯定論的にとらえていくのも悪くないと思います。」は凄まじくひどい。なんと「桂調査報告書を、STAP細胞の存在を肯定的に証明している文書にする」のだそうで。冗談かと思える内容ですが、どうやら本気のようです。桂委員長を含めた委員会委員の方々もひっくり返ってしまう内容です。読むわけがないですけど。

多くのコメンテータが、学とみ子氏の記述が違うといっても、ご本人は読めない、理解できない、読んでもコメントに掲載しない、掲載しても揚げ足取りだというのですから、一部の好き者以外はコメントしたくないですよね(hide,Ooboe,m等擁護派以外の方々すみません、このブログ主が沈殿するまで頑張ってくださいね)。

この女医様の頭の中に、なんとしてもSTAP細胞の存在を証明するという頑固な意思が伺えるのはいいのですが、サイエンスを40数年前とはいえ学んだことがあるのですから科学的・論理的な考察をお願いしたいですね。患者様とのコミュニケーションを行っているうちにサイエンスが飛んで逃げちゃったんでしょうね。

ブログを非承認性にしたら、多くの批判コメントが掲載されることになり、承認制に戻し擁護グループの小さな共鳴箱に戻したたようです。コメントを一切受け付けず、独り言ブログにしていただけると害がないことになるんですけどね。

元PTA会長等とともに小さな井戸の中で相互にいたわり楽しんでほしいものです。

[ 追加 ] 2017.11.6

載せられないコメントは…」の2017/11/5(日) 午後 10:09 学とみ子のコメント から

(略)STAP存在論の方が現実的と感じています。論文にしっかり書いてありますので・・。(略)確率論的にも、STAP派の方が有利でしょう。ESねつ造は、脳内混乱している人のなせる技です。そうした人による研究不正である確率はごく低いです。

ひどいコメントですね。論文が著者等によって撤回されたという現実が理解できないようですね。撤回された論文ではそのすべてのデータは信頼できないので議論の対象にならないということが、論文を書いたことのある医者のくせに理解できてない。信じられないですね。しっかり嘘が書かれているんですよ。

STAP(存在)派のほうが”確率論的”に有利??
研究不正である”確率はごく低い”
どこから確率がでてくるの?主張だから、”可能性が高い・低い”とかだったら表現として許せる(中身は許せないよ、勿論)けれど、”確率”という言葉はどこから出てくるのだろうか?幾つもの事実を列挙して、だから確率が高い・低いというのは、数学的ではないにしろ、許せる表現ですけどね。事件についての総括はできずに、先走った結論に基づく感情で表現しているだけなんでしょうね。

「ESねつ造は、脳内混乱している人のなせる技です。そうした人による研究不正である確率はごく低いです。」
どう読んでも「そうした人」は「脳内混乱している人」ですよね。「脳内混乱している人」とは、著者群の誰か?あるいはひょっとして桂調査委員長?のこと?。そして『「脳内混乱している人」が研究不正したのではない』という主張なんだろうか。なにが言いたいのかわからない。文章の論理を構成することができない「脳内混乱」状態ですね。状態なら正常になる可能性があるけど、症状なのかもしれない。

このおばさんの現実を認知できない発言、非論理的発言、行動(都合の悪いコメントは自分だけ読んで、公開せず(を忘れ?)反論する)を見ると、すでに認知症の一歩手前ではないのだろうか。

軽度認知障害(mild cognitive impairment MCI)の「認知機能低下:本人および/または第三者からの申告および客観的認知検査の障害」にあてはまりそ。

元PTA会長

1つだけ残ったサイトは意味不明」では多くのコメントをいただき、多くなりすぎたためか、コメントがうまく時系列で表示しない(?正す気がない)、その後の関係ない投稿(記事)も増えてきたこともあり、コメントの受付を停止しました。新事実(本人の申告だから事実でないかも)があったので別投稿記事とします。これまでのコメントから、mこと芋虫元PTA会長(以下、PTA会長)の”告白”以降を時系列に並べて続きであることを示します。この件のコメントの続きはこちらの投稿にお願いします。


2017年11月2日 10:16 PM
あなたが何の「先生??」だか知らんが、
自分はPTAの役員も長年勤め会長も経験し市P連の副会長も勤めさせて頂いた。なので、ネットによる「いじめ」の卑劣さもよく知っているしその卑劣な行為により多くの尊い命が奪われているのも知っている。
そして、その手前勝手な言い訳もだ。
「人道」や「道徳」軽視する人物が「先生」とは自分の経験上、とてもじゃないが有りえない。どこぞの教授と一緒で「指導者失格」と思うしかない。
現役のPTA役員さんや本物の指導者の方々には是非、こちらのサイトのコメントを読んで頂き、その現実を知って頂きたいなと心から思う。

では、さようなら。


2017年11月2日 10:58 PM
あと、今も学さんのところにハンネ変えて投稿しているようだが
「自称先生??」の話しを信じる人は皆無だと知るべきだ。
荒せば良いと言うモノではないんだよ。
どんなに屁理屈並べても、あんたの言う事など援護派の誰一人信用する人はいないと言う現実を理解すべきだ。

oTake
2017年11月2日 11:15 PM
m氏の戯言が何とも言えないですね(^.^)

m氏曰く『自分はPTAの役員も長年勤め会長も経験し市P連の副会長も勤めさせて頂いた。なので(略)』ということですが、だから何ですか? という話ですが。
m氏は根本的に、対話力・コミュニケーションに問題があると自覚した方がいいですね。これらは礼節にも繋がり、人徳にも繋がる。私もが『克己復礼為仁』といったのがわからなかったようだ。役員をしていたか、会長をしていたか知ったことではない。これまでのm氏の下品な態度を見ていると“人道”だの、“道徳”だの言っても、説得力がないですから。
コメントで自分自身を振り返ってから話せ的な内容を見かけますけど、とどのつまり、m氏の無礼さに対して、無礼で返されているのですよ。理解した方がいいんじゃないですかね。小保方氏の支援者だからという理由ではないんですよ。

sigh
2017年11月3日 7:31 AM
えええ!!
PTA会長!!市P連てなんだ?PTA連合会か?いずれにしろ気の毒な学校。市です・でしたな。

ということは子供がいるんだ。結構な年なんだ。信じられない。

「人道」や「道徳」を重視する元PTA会長が、「最低最悪の「クズ」」「バ科学」「卑劣なバ科学信者」「最低最悪の「クズ」「「生きる価値すらない虫けら以下の存在」心から思う。」なんて発言できるのか。すごいな。

「機械では無く「人間」であり自分で考える力は持っている。」くせに、質問には答えることができず、唱えることは「関係者の弁明を聞きたい」という念仏だけ。

「ここのコメント者の中には卑劣な輩がいる」と批判した方をけなす発言することからみて、PTAでも「あの子は、あの親は、あの先生は卑劣だ」なんて責めたのか。すばらしい会長だな。

m:「今も学さんのところにハンネ変えて投稿しているようだが」
とは拙ブログ管理人のこと?でたらめを書くな。勝手な憶測だろ。「人道」や「道徳」を重視する元PTA会長は根拠なく誹謗するのかよ。

「あんたの言う事など援護派の誰一人信用する人はいないと言う現実を理解すべきだ。」そりゃそうでしょ。”擁護派”に信用されたくてブログを書いているわけじゃない。’擁護派’に信用されないほうが幸せだ。
mこそ”擁護派”ブログから追放され、’擁護派に信用されてない方’でしょ。

>oTake 2017年10月21日 5:28 AM  さん
「m氏のコメントは消さなくてもいいですよ。」は先見の明がありましたな。アク禁処置とらないおかげでm氏の以外な履歴(自称だから信用できるかどうかわからないけど)が判明しました。

しかし、人の書いた文書を理解できない、長くなると理解し難い文書しか書けない、質問には答えない・答えられない、一方的に罵声を浴びせる、念仏を唱える方がPTA会長、市のPTA連合の副会長だったとは。誰もなり手がいないというPTA会長とはいえ、すごい方を選んでしまったようですね。

これからは、「元PTA会長」とよぶか。mだからイモムシにされたわけで「元PTA会長」だったら接頭語がイモムシにならない。いや、他のまともな元PTA会長に申し訳ないから、「イモムシ元PTA会長」としたほうがいいか。長いな。


2017年11月4日 12:24 AM
えええ!!さん

とても程度が低いのでコメントするつもりは無かったが、あまりにもおかしなことを平然と言っているので一言。

失礼だがあなたはバカ!!?
まともな道徳も人道すら判らず、屁理屈一辺倒ではリアルの人たちは呆れるだけだ。
類は類を呼ぶと言うが、ネットのゴミにはゴミしか集まらないのかもしれない。
人殺しに加担するなら、同類なのだろう。
はっきり言って最低だ。

人道も道徳に全く「無知」な人間は援護ブログにコメントしても誰も相手にはしない。
せいぜい、同じ人間性を持った輩のブログにコメントすべきだ。
二度と援護ブログへの卑劣なコメントは止めるべきだな。
はっきり言って、直ぐわかるので。
腐りきったコメントはお話に成らない。

では。

Zephyrusさん(2017年11月2日 1:04 PM)曰く 「なるほど、それでmさんにまともな話をしても判らないんですね。 良く判りました!!」が良く判りますね。

コメント者が拙ブログ管理者の sigh なのに「えええ!!」だと誤解していますな。

「一言」のあとが延々とつづきますな。

「バカ!!?」と罵倒する言葉は豊富なようで。

「屁理屈一辺倒」は理屈が理解できない方の常套句ですね。

定義も意味も判っていない「リアル」、「イニシャルトーク」など”はやり”の言葉がお好きなようで。

「二度と援護ブログへの卑劣なコメントは止めるべきだな。」
を添削すると
「二度と擁護ブログへの卑劣なコメントはしてはならない。」
になります。「二度と」は重ねて実施してはいけない・再度発生しない というときに使いますね。(一度もコメントしていないので、仮にコメントしたとして)一度も止めてないので 再度止めるわけには行かず 元PTA会長の頭の論理でしか成立しない文章です。PTA会長のとき、こんな恥ずかしい文書を書いてないでしょうね。授業料も払ってない元PTA会長の文を添削するとは、人が良すぎるか。

2017/11/3(金) 午後 10:11 [ m ]
自分もブログの記事を書く際に、最初に、「メモ帳」に書いておいてそれをコピーするようにしていました。(長いので一部省略)

そっか、メモ帳で推敲したあとの文書なんだ。

「はっきり言って、直ぐわかる」なにがわかるんでしょ。わからないですな。ひょっとして、匿名コメンテータの身元は元PTA会長は直ぐおわかりになるのですか。さすがですな。

もう、暇つぶしとはいえ、いじるのはやめにしたほうがいいか。弱い者イジメだと言われかねない。

[ 追記 ] 2017.11.4

>元PTA会長殿。

もし、従来からのご意見の繰り返しでしたら、コメントするのをご遠慮ください。貴殿のご意見は十分判っています。拙ブログ管理人を含めた他のコメンテータへの元PTA会長のご意見が、罵声を浴びせるとか念仏の繰り返しではなく、根拠あるご意見ならかまいませんよ。根拠を示すことをお忘れなく。学とみ子のブログじゃないんですからね。根拠とは「「あの日」に書いてあることが真実だから」ではないですよ。おわかりでしょうけど。

とても程度が低いとか馬鹿馬鹿しいと思うのは結構ですが、どこがなぜ程度が低い、馬鹿馬鹿しいといえるかを説明するんですよ。(なんか子供がいるいい大人に対しての説明が、中高生に教えているみたいな口調だな。なさけない。)

盲点

mじゃないけど、固定観念に縛られた頭を改訂するのは大変だ。

配布したプリントに

という図を掲載して「右目だけで黒い十字を見て、紙面との距離を変えると黄色の丸が見えなくなるところがある」から、やってみなさいと講義中に実施させたわけだ。

網膜の視神経乳頭、いわゆる盲点は、視神経とか血管の網膜を貫通する部分で視細胞がないからここに来た光情報は検知されない。ではどのように認識される?

んでもって、講義の終了時に4肢選択10問の、その講義内容の小テストを実施したわけだ。

盲点には視細胞がないから盲点に投射された光情報は得ることができない。この部分は
1. 黒い円と認識される。
2  白い円と認識される。
3. 灰色の円と認識される。
4. 盲点周囲の情報で補完される。
のどれか?

「光情報がない=黒くなる、あるいはニュートラルの灰色になる。白は光情報があること。補完など意味が分からん」というのが、多分、実施する前の彼らの常識・先入観だろう。補完されるというのが講義で実施した結果だ。

情報がない場合は、ないという情報を無視して辻褄があうように大脳では情報処理されるんだよ というのが講義の趣旨だ。

102名の受講者が選択した結果は
1. の黒い円:4名
2. の白い円:0名
3. の灰色の円:15名
4. の補完される:82名 80%
うーん。授業中、自分で実施しなかったの?なんで、こんな自分自身で実施して経験する、印象に残る実験で100%が正解できないのか。どうだったかを学生さんに発言させ、青い縞だと答えた学生が多かったのにだ。
99%とかだったら、マークミスとかが考えられるけどね。

このような実際に経験させるような事象でも100%にならないのだから、一方的な知識の垂れ流し講義で、論理的に説明するような事を学生さんに理解してもらうのは無理なんだな。

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