そんなの知らん、自分で考えろ

学生が質問に来て「そんなの知らん、自分で考えろ」と答えることがある。講義の質問ではなく、実習での彼らが得た結果についての質問についてだ。「知らん」というのは嘘で大抵の場合、xxの結果だろうということはわかっているのだが、教えるわけにいかない。学生が考えてレポートに書くことだからな。

基礎ゼミという1年生への「大学での学習態度や生活習慣を早期に獲得する」ためのレクチャーがあり、その中で「効果的な学習方法―ノートのとり方」というのを担当した。最後にアンケートで自由記載で大学・教員に対するクレーム・要望をなんでも書けとしたら;

  • 生理学実習で質問したら「わかんねぇ」と言われた
  • 質問したら「自分で考えろ」といわれた

と返ってきた。

学生は大学3年生になってもなお、「先生は正解を知っている」と思い込んでいる。そしてその「正解」を一つでもたくさん憶えるのが勉強だと思ってる。

shinshinohara 大事なのは「正解」のその向こう

そうなんだよね。だから大学1年生には「そんなの知らん、自分で考えろ」は不満なんだよね。これを転換させるのが難しいんだよね。コメディカル分野は最後に国試という資格試験があり、これに対する勉強の第一歩は正解を探すことにあるからな…ますます難しいことになるんだよね。ぶつぶつ….と自分の無能さを愚痴るのだ。

「そんなの知らん、自分で考えろ」への2件のフィードバック

  1.  入学して、講座の先輩方の話を聞くと、必死にあくせくしていた受験勉強がいかに時代遅れな内容なのかということだった。
     しかも、自分がやろうとしていたことのほとんどは、多くの研究者がすでに着手済みで、「むしろ正解がわかっていないことを探すのにやっきになっている」と聞いて、ひょえ~とうなった記憶がある。

  2. 研究室に入って論文読んで、こうすればこういう結果が得られるのではなんて考えても、大抵そのようなアイデアの実験は行われているのね。Discussion に open question なんて書いてあって、そうだそうだと思っても、すでにその論文の著者が手をつけているからopen question というわけだ。大体、同じような頭で同じような実験設備で同じような技術なんだから、考えることに大差ないんだよね。xxを知りたいと思うと新規な技術を開発する必要があるんだよね。既存の機械でできることは大抵すでに実施されちゃっているんだよね。

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