地震が発生したときから−その1

3月14日20時までのlog

3月11日(金)

14時46分ごろ地震発生。停電。

15時頃、kiban 停止 管理者がサーバへの通路を確保している間に、そしてUPSがまだ生きている状態で岡田君がkibanをシャットダウン。管理者が他のサーバ群をシャットダウン。全員避難。

電算機室のサーバ室の天井から水がぽたぽた。上層もどっかでパイプが破損したらしい。内藤君が外で、イノベーション棟の工事の人がいてビニールシートを手に入れてきた。これでサーバを覆いなんとか濡れずになった。水が垂れてくる位置がずれる。電算機準備室の方にも漏れ始める。パイプの元栓を閉めたという情報がどこからか来て、応急処置だけでなんとかなると判断し、一端建物外に退避。

再度建物内に入る。大きな余震。4F近場に漏水や火がでていないと判断。実は7Fでの漏水が1Fまで届いたようだ。他の看護医療棟でも漏水があったようだ。事務職員等からの情報を得に2Fへ。主に低層のフロアを見て回る。

自宅がちと心配なので、自転車で帰宅。途中コンビでおにぎりを購入。まだ殺到していない。自宅がなんともないのを確認して車で大学へ。ガソリンがないので満タンに。このときもまだガソリンスタンドの列はほんの少し。建物近くの駐車場が空いていることを見ると、かなりの人は帰宅したようだ。

22時頃なにもできないと判断して帰宅。

12日(土)

自宅待機。通電可能の連絡が16時すぎにあり。2F事務室が仮の医学部門対策本部となり、学群長、施設設備委員会委員長、支援室長と打ち合わせる。副研究科長は台湾に出張中。電話が通じない。

17時ころ学群棟通電が可能と判断して通電依頼。

18時ころ学群棟通電。異常なし

18時から施設設備委員会委員長と管理者が学系棟を視察し漏水のあったあたりのブレーカをOFF に

18時30分、学系棟通電を依頼するものの、業者が対応できずあきらめる。

20時帰宅

13日(日)

9時過ぎ、学系棟通電を依頼。通電。学系棟に特に異常はない。サーバーを起動。9時39分動作確認した。

9時半過ぎから看護医療棟のチェック。

一部勝手に発電機を持ち込み冷凍庫を確保している研究室を発見。一酸化中毒のおそれありと判断し停止を依頼。

問題がなさそうと判断し、通電依頼、しかし業者の派遣は2時過ぎということになった。

10時半ころ、学系教員あてに通電したが一部ブレーカーが落ちているので勝手に入れるなとメール送信。ブレーカーのパネルに掲示も行う。

学群長、副研究科長、管理者、臨床医学系長が集まって明日9時から臨時医学部門会議(医学部門災害対策会議)を開催し、10時から一般教員への状況説明会を開催することを決定。

14時、看護医療棟、修士棟の通電。異常なし。各フロア点検。

17時ころ、出入りを警備室前に限るためにNet2の設定、

20時頃、副研究科長がようやく大学へ来る。これまでの経過を報告し、打ち合わせを終えて帰宅。

21時30分 大学から計画停電の連絡

14日(月)

6時20分からの計画停電に備え、6時頃から待機。ついでにサーバラックの配線整理。

しかし停電は実施されず。kiban以外のサーバの電源を遮断。

9時臨時医学部門会議(医学部門災害対策会議)開催 当座の方針の決定 フロア責任者を決め12時までに損害報告を13時の部門会議に報告することを決定。

10時利用者説明会。廃棄物品の処理方法を説明

13時臨時医学部門会議(医学部門災害対策会議)、損害報告をもとに今後の方針を決定。看護棟の軽微だが男手を必要とする修復を工作室に依頼。

16時30分、大学当局の指示で帰宅すべき人は帰宅

17時頃 PCMEルータ等の起動、ZEUS等のサーバは起動させず。

16時 管理者が主宰する会議の延期等、メールで連絡

18時 外からの出入口の制御を再度設定。外部から入れなくする。入館者はすべて警備室前の出入り口からとする。教員にメールを送信。

19時過ぎ 帰宅

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