陰極興奮

電気刺激とは2つの電極間に電流を流すことだ。電流はプラス電極(陽極)からマイナス電極(陰極)に流れる。興奮性組織(細胞)を電気刺激する場合、電流が流れ出る側(陽極)部分で興奮が発生するのか、逆に電流を吸い込む側(陰極)で興奮が発生するのかについては、明確な説明があって、古くはEduard Friedrich Wilhelm Pflügerというドイツの生理学者が、まだイオンチャネルなどの概念がない19世紀末に明らかにしている。プリューゲルの法則という。

昔はパルスで電気刺激することができなかったわけで、直流で刺激するときスイッチをONにする、OFFにするときの反応を見ていたわけだ。

電流刺激の際、電流が細胞内を通るときは、陰極に近い細胞膜では細胞膜を横切る電流が細胞内から細胞外に流れることにより膜電位が脱分極して興奮が発生する。陽極側では電流が細胞外から内に流れることになり膜電位が過分極するので活動電位が発生しにくくなる。つまり刺激電極の陰極側で興奮が発生する。

緑の部分が過分極し、活動電位が発生しにくいが、オレンジの部分は脱分極し活動電位が発生する。

陽極側では刺激電流が止まった時、過分極で活性化されやすくなったナトリウムチャネルが膜電位が元に戻る時に活性化してナトリウムイオンが流れ活動電位が発生する(anodal breakとかいう)。

これを、生理学実習で学生さんに体験してもらいたいと思い、いろいろな案を試してみた。自分あるいは友人を被験者として陰極の部分で興奮が発生するということを実際に感じてもらうのだ。なんせ、上記の理屈なんかなかなか理解してもらえないからね。

体験させるような実習は案外難しい。例えば人差し指と中指の先端に刺激電極を貼り付け、刺激電流を徐々に大きくしていったら、どちらの指先で感ずるかというのがすぐ思いつくことだか、これでは陽極・陰極で差がない。人差し指先端に電極を貼り、もう一方の電極を爪とか肘頭とかのような皮膚に感覚神経がない・少ない部分に貼り、流す電流の方向を変えて、人刺し指で感ずる閾値を求めると、人差し指が陰極の場合に閾値が低くなると思いきや、陽極の場合と差がない。

指先に小さな電極を貼り付け、近くに銀板でできた心電図の四肢用の大きな電極を付ける。小さいところは電流密度が高いからより効果的に刺激できるが、大きな金属板が皮膚に広く接触していると電流密度が低く、刺激効果が少ないはず。この条件で指先に付けた小さい電極を陰極・陽極に変えて閾値を求めても、陰極のほうが閾値が低いはずと思いきや差がない。

ネットで調べると陰極興奮を説明している記事、文書はあるが、これを読んで理解するのが、残念なことに難しいわけで、カエル坐骨神経刺激の実習を行うのでその前に、陰極側で興奮が生じることを体験してほしいわけだ。

指先と他の皮膚では刺激電極が陰極・陽極の関係が異なるようだ。指先の電気刺激では指先が陰極の場合、陽極の場合の閾値より1.3-1.5 倍大きい。( K.A. Kaczmarek ; M.E. Tyler ; A.J. Brisben ; K.O. Johnson, The afferent neural response to electrotactile stimuli: preliminary results. IEEE Transactions on Rehabilitation Engineering, 8.  268-270, 2000)。これはサルの指の神経束がら単一神経軸索の活動電位を記録して指先皮膚を電気刺激して得られた結果だ。

一方、こっちの論文はどこの皮膚かAbstract からでは分からないが、陰極側のほうが有効であるとしている(A. Higashiyama ; G.B. Rollman, Perceived locus and intensity of electrocutaneous stimulation. IEEE Transactions on Biomedical Engineering,  38, 679 – 686, 1991 )。Full paperを購入する気はない。

というわけで指先の皮膚を使うのは止めたほうがいいようだ。

そこで、ディスポーザブルの表面電極を前腕前面中央に貼り、もう一方を肘頭に貼って電気刺激してみた。

肘頭部分は電流が強くても感じないから、被験者は前腕前面中央の電極に注意を向けることができる。これで実施すると、陰極の場合のほうが閾値が小さいのが分かる。つまり、陰極興奮を実感できる。

陰極興奮を実感できると思うが、では何故、陽極でも刺激電流が大きければ、興奮性組織が興奮するのか?という質問がでたら素晴らしいのだが、出てこないだろうな。

なんせ1年生の生理学実習は幼稚園並だからな。そりゃ、皮膚がピリピリするから大騒ぎさ。