こっちの学生は傲慢

あっちの大学では、廊下や建物の出入り口に学生と管理者がほぼ同時にたどり着くと、必ず学生がドアを開けてくれる。女子学生でもだ、管理者がじじいのせいだからと言うかもしれないが、若い先生に対してでもだ。かならず、にこにこして挨拶をする。

それに比べて、こっちの学生は傲慢だ。低学年のときクラス担任をしたのにもかかわらず、卒業近くになると、あるいはレジデントになってから、廊下ですれ違う時に管理者に挨拶することがない。こっちから挨拶を始める。ニコニコするのが損だと思っている。ニコニコ挨拶するのは基礎の教員だ。あるいは臨床の医局の秘書だ。英語のF先生だ。学生は低学年のときだけ挨拶する。

原因は教員が傲慢だからだ。医師はサービス業だと口では言うが態度にでてこない。教員の行動を学生が見ているから学生は傲慢になる。エリートだと誤解していることもある。

母親に手術の必要がでてきたことがある。母親を病院に連れて行ったのは管理者の子供(つまり孫)だ。医療関係に勤めているわけではない。管理者はちと離れた場所にいたので、医師が息子である管理者に電話連絡をかけることになった。孫が管理者の勤務先を告げたとたん、その医師の態度がころっとかわって丁寧になった。日本では普通のことだ。

若かりし頃、米国に住んでいたとき、勤務先の廊下ですれ違う度に、女性はにこにこ挨拶してくれた。日本ではないことだ。日本だったら誤解を招く—気があるのかな?—となることだろう。それでも、無愛想よりはるかにいい。

TVドラマでは無愛想だが腕の良い医師というのがよくある。これは間違いだな。愛想の善し悪しは医師の腕とは関係がないはずだが、愛想の良すぎる医師はなんか他におかしい点があるのではないかと疑う。愛想のいい腕の良い医師がもっと多くなってほしい。そのためには医局に入ったとき教員がしっかり教育すべきだ。医師だけにストレスが大きいのではない。