姫丸様が正義に教わりホームページを作ろうと
悪戦苦闘したしている経過です

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2006年8月24日

2006年8月24日

すごい思想の人がいるもんだ。姫丸様の非論理性なんて、真っ青!

プロムナード(日経新聞18日) 子猫殺し―――坂東眞砂子

こんなことを書いたら、どんなに糾弾されるかわかっている。
世の動物愛護家には、鬼畜のように罵倒されるだろう。
動物愛護管理法に反するといわれるかもしれない。
そんなこと承知で打ち明けるが、私は子猫を殺している。
家の隣の崖の下がちょうど空地になっているので、生れ落ちるや、
そこに放り投げるのである。
タヒチ島の私の住んでいるあたりは、人家はまばらだ。
草ぼうぼうの空地や山林が広がり、そこでは野良猫、野良犬、
野鼠などの死骸がころころしている。
子猫の死骸が増えたとて、人間の生活環境に被害は及ぼさない。
自然に還るだけだ。
子猫殺しを犯すに至ったのは、いろいろと考えた結果だ。

私は猫を三匹飼っている。
みんな雌だ。
雄もいたが、家に居つかず、近所を徘徊して、やがていなくなった。
残る三匹は、どれも赤ん坊の頃から育ててきた。
当然、成長すると、盛りがついて、子を産む。
タヒチでは野良猫はわんさかいる。
これは犬も同様だが、血統書付きの犬猫ででもないと、もらってくれるところなんかない。
避妊手術を、まず考えた。
しかし、どうも決心がつかない。
獣の雌にとっての「生」とは、盛りのついた時にセックスして、子供を産むことではないか。
その本質的な生を、人間の都合で奪いとっていいものだろうか。
猫は幸せさ、うちの猫には愛情をもって接している。
猫もそれに応えてくれる、という人もいるだろう。
だが私は、猫が飼い主に甘える根元には、餌をもらえるからということがあると思う。
生きるための手段だ。

もし猫が言葉を話せるならば、避妊手術なんかされたくない、子を産みたいというだろう。
飼い猫に避妊手術を施すことは、飼い主の責任だといわれている。
しかし、それは飼い主の都合でもある。
子猫が野良猫となると、人間の生活環境を害する。
だから社会的責任として、育てられない子猫は、最初から生まないように手術する。
私は、これに異を唱えるものではない。
ただ、この問題に関しては、生まれてすぐの子猫を殺しても同じことだ。
子種を殺すか、できた子を殺すかの差だ。
避妊手術のほうが、殺しという厭なことに手を染めずにすむ。
そして、この差の間には、親猫にとっての「生」の経験の有無、子猫にとっては、殺されるという悲劇が横たわっている。
どっちがいいとか、悪いとか、いえるものではない。
愛玩動物として獣を飼うこと自体が、人のわがままに根ざした行為なのだ。
獣にとっての「生」とは、人間の干渉なく、自然の中で生きることだ。
生き延びるために喰うとか、被害を及ぼされるから殺すといった生死に関わることでない限り、人が他の生き物の「生」にちょっかいを出すのは間違っている。
人は神ではない。
他の生き物の「生」に関して、正しいことなぞできるはずはない。
どこかで矛盾や不合理が生じてくる。
人は他の生き物に対して、避妊手術を行う権利などない。
生まれた子を殺す権利もない。
それでも、愛玩のために生き物を飼いたいならば、飼い主としては、自分のより納得できる道を選択するしかない。
私は自分の育ててきた猫の「生」の充実を選び、社会に対する責任として子殺しを選択した。
もちろん、それに伴う殺しの痛み、悲しみも引き受けてのことである。(作家

 

http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/770743.html

(日経さん、著作権侵害だという連絡を受けたら削除します。コピーそのものだからね。)

 坂東さんは高知新聞社の取材に対して、「私は、子猫を殺しているだけではない。鶏も殺して食べてもいる。ムカデも、蟻(あり)も、蚊も殺している。生き る、という行為の中に、殺しは含まれています。それは、高知の自然の中に生きている人たちにとっては自明の理ではあるでしょうが、都会生活の中では、殺 し、という面は巧妙に隠されています。今回のエッセーは、生と死、人にとって、さらには獣にとって生とは何か、という一連の思考の中から出てきたものです」とコメント。

これが高知新聞に掲載されて、高知県人は怒り心頭だったそうな。

 

2006年8月19日

夏休み〜♪

 ビール飲みつつ、甲子園の早稲田実業の試合を見つつ、おお!!逆転したとかいいつつ、リモコンをしっかり握って、WoWoWoの映画にも監視の目をいきわたらせ、昼寝をしたら、もう夕食で、ドラえもんの漫画がなぜかTV画面にでていて、姫丸の爪の垢をみんなに飲ませたら、世の中めちゃめちゃになった というストーリーに納得しつつ、冷たい酒を飲みつつ、また中日が勝ったとかいいつつ、海鮮丼をたいらげ、寝たのであります。

実に、らくちんだ。これに買い物とタバコをふかすことが加わったら姫丸生活そのものだな。

あ、アルバイトの原稿も書いたぞ、ちょっとだけど。

あああ、姫丸の爪の垢ではなくて のび太 のだった。どっちも似たようなもんだ。

 

2006年8月9日

朝のチャットから

正義の人柄を評価する人を教えなさいという姫の命令に対して

08:12 (seigi) 正義のほうから推薦すると 都合のよい人だけ選んで教えた というクレームをつけるにきまっているから 教えない(と答えると)
08:12 (himemaru) ほー 言い逃れがお上手
08:12 (seigi) だれに聞いても結論はおなじなのにさ
08:13 (himemaru) いないからそう言って逃れてる のだと推測いたします はい
08:13 (seigi) 亀田のボクシングと同じで レフリーを 正義が選ぶと クレームがつく
08:13 (seigi) そうでしょ?(と最近の話題からたとえ話で説明すると)
08:13 (himemaru) まぁ あのボクシング見ていたのだけど
08:13 (himemaru) 終わった時点で 
08:14 (himemaru) 亀田 よくがんばったわ 次はがんばろうね と 思ったのよ 私
08:14 (himemaru) 最後のほうは 私までファイティングポーズとって いけー うてー ち言い始めていたのに(話をそらせてしまいます)
08:14 (seigi) 姫の本意とちがう結論がでた時点で 姫はレフリーが悪い というにきまっているからな
08:14 (seigi) そうだろ?(正義が、話の筋をもとに戻そうとしています)
08:15 (himemaru) あれ 正義は勝負は亀田だったと思ったの?(まだ、わかっていません)
08:15 (seigi) はあ?
08:15 (himemaru) あ 見てた?
08:15 (seigi) ナニ言ってんだよ
08:15 (seigi) たとえ を持ってくると すぐ話がそれてしまう
08:15 (seigi) どうしようもないな
08:16 (himemaru) いや 頭の中にあるものだから
08:16 (seigi) よく そんなので、会社で 会議ができるね
08:16 (seigi) て、発言しないか(ちょっと、正義がつっついてみました)
08:16 (himemaru) ふらふらになりながら 最後まで踏ん張ったのにね(まだ、わかっていません)
08:16 (himemaru) 職場は 私以上に あほ ばっかりだから(と本心がひょっこり)

ということで、誘導尋問に引っかかり、姫様は、自らが あほ である と認めていることを明らかにしてしまったのであります。[ 私より あほ ] と表現すれば、姫が あほ なのか あほ ではないのかは、わからないのです。[ 私以上に あほ ] というと、論理の帰結として、私もあほだけど 他の人はもっとあほ ということになります。つまり姫様はあほを自認していることになります。都合が悪くなるとすぐ話をそらすという悪癖の結果、自分が持ち出した話によって頭の中に複数の話題が走っていて、混乱しているもので、正義が、ちょっとつっつくと、普通なら隠していること、本心、が つい 出てしまうわけです。自業自得というのですね。