娘の為の簡単レシピ
正義とは誰か!ここに答がある(かな?)

 

2003年7月分

白いリボンの帽子で装い、心弾ませて急いだ日々。今年も夏がくる。

☆ここでは、正義が毎朝、どう私をいじめているのかを披露します☆

07:57 <himemaru> まだ 何もかんがえてないもの
07:58 <himemaru> お馬鹿正義日記とか。。。。
07:58 <himemaru> いいかもしれない
07:58 >seigi< おれは 管理者だから いくらでも 削除できる
07:58 >seigi< 検閲できるのだ
07:58 <himemaru> ふふん
07:59 <himemaru> 言論の自由を
07:59 <himemaru> 要求します
07:59 <himemaru> 200 もいらないわ
08:00 <himemaru> 10あれば、正義日記できそう

 

7月31日(木)

今日は、午前中はゆっくりのんびり過ごして、午後から用事。

娘が、夕食を作ってくれるという。カレーを作るそうである。

やっぱり、娘が自宅にいると嬉しい。一緒にでかけたり、いろいろとお喋りをしたり。

しかし娘は、一日も早く筑波に戻りたいようだ。

「だって、あっちにいれば時間があればテニスをしたりできるし。それに東京だと遊ぶのに交通費がかかって勿体ない」だそうだ。

東京では確かにどこにゆくにも電車賃がかかる。交通費がかかるのは当たり前、と思う私でも、JRは高いなぁ、と思うのだから、大学生になって定期もなくなり、しかも普段通う学校がすぐ傍にある、遊ぶのもすぐ近くという、現在の大学環境では、目的地にゆくまでに2000円近くの交通費がかかるというのは、勿体ない気がするだろう。

でも、交通費がかからない環境ということが、かなり特異だと母は思う。

 

昨日オモチャで撮った5・6枚の娘の写真が、なかなか雰囲気があるポートレートともいえるような一連の感じに思える。

ピントがあってるかどうか、まったくの素人なのでわからないのだが、ちょっと加工して飾って置きたい気もする。

たとえば、モノクロにしてソフトフォーカスにして等の加工をしたらなかなかのものなのではないだろうか。

いや、親ばかなのかな? 何はともあれ、若い盛りの写真として残す価値はあると思う♪

 

7月30日(水)

昨日の夕方の電話で、本日4時から5時まで用事が入った。

どうせその用事に参加するのなら、娘も連れてゆこうと思い立ち誘ってみる。

参加といっても対外的には大学生の社会見学の形をとる。

しっかりと記録をとらせ、終わったあとに感想を聞く。

「○○の男性はしっかり、縦割り行政の思考方法で云々」と、まともに一時間余りを聞いていた。

お疲れさま、という事で、母と娘と二人で夕食を一緒にする。どうせなら、ということで永田町のお店にはいる。

二十歳になった娘と二人『関西割烹』と看板の出ているお店を選択。

少々贅沢な夕食をしたが、久々に二人で出かけたのだし、まぁいいか、と。

 

息子は、8月1日からアルバイトがはじまる。8月中のシフト表というのを貰ってきていた。

アルバイト探しを始めるまでは、なかなか行動に移れなかったのだが、面接予約からは積極的に自分で動いている。

今日は、自転車でちょっと離れたユニクロに、制服となるポロシャツを買いに行ったり書類をお店に出しにいったり。

初めての経験に少々の緊張を持ちながら、あくまでも表面は「べつに。どってことないよ」と平静を装っている。

8月中は17日間、約70時間弱のバイト。5万円近くが入るらしい。

 

7月29日(火)

冷凍をした魚・肉の解凍について『間違いだらけの食常識』とも言えるものを、日曜日に正義から教わった。

すでに、『お米は研がないで良い』という事を、半信半疑(というか、99.9999%疑った)で試みた経験があるので、今回の解凍方法についても、「えーーー!!」「だってーーーー!!」と言いながらも、8割方は信じて、丁度冷凍の鮪のサクがあったので、日曜日の夕食に実験を試みた。

『お風呂の温度のお湯につけて、芯が少し凍ってる状態まで解凍する』

これが、正義の言った方法だ。お刺身までそうするというのだ。お寿司屋さんもこうしているという。

当然私は理論的な説明を要求した。

〜氷になる時はむらがある。ゆっくり解凍をすると、一旦溶けた肉汁が再度凍る時もあり、ゆっくり凍る時は、氷の結晶は大きくなる。冷凍する時に急速冷凍するのは、その氷の結晶を大きくしない為。戻す時も同じで、お湯ですばやく解凍するのが、肉汁が一番出ない方法」〜

 

私が長年していた解凍方法は下記の通り。

『一番良い方法は冷蔵庫でゆっくり時間をかけた解凍。急ぐ場合には、冷たい流水で』

一般的に、本にもインターネットでもそう書いてあるのが殆どだろう。お湯を使う、など見たこともなければ考えもしなかった。

「50年生きていながら、何にも知らない。無駄にいきてきたな」という罵倒を受けながら、グーグルで検索した結果を示した。殆どが私の長年やっていた方法だった。

 

実験して結果がわかる前に、私はすでに「家庭での冷凍が始まったのは、そう大昔じゃないから、きっと誰かが最初にこう言い出して、それが常識として踏襲されてしまったのでしょうね」と、認めてしまった。

実験結果も、たしかにお湯で解凍したほうが肉汁が少なかったし、美味しかった。

 

7月28日(月)

昨日、かわいいお馬鹿息子が「散歩に行ってくる」と出かけた。

帰宅すると「ねぇ、わし(息子の一人称)12時くらいまでアルバイトで遅くなってもいいかな?」

散歩と言いながら、近所のお店のアルバイトを探索していたようだ。

自転車で10分くらいの99円ショップにアルバイト募集の張り紙を見たと言う。

しかし肝心の電話番号を覚えてきていない。

さって過保護な親の出番。電話帳を持ち出し、104に電話し、で電話番号を調べる。

心配そうに見守る母の傍でお店に電話。なんとちゃんと敬語も使ってまともな会話をしている。

考えたら、友人との会話以外聞いた事がなかった。ぶぶちゃん、ぶー、などと高3の男の子にも関わらず平気で言われる過保護息子でも、外に出たらまともなのだな、と感心した。よかった、よかった。

自分で履歴書も買い、順調に本日面接に。

無事採用。夏休み中は午後5時〜午後10時を週3・4回するそうである。

 

今日は娘のお友達さんが来ていた。

面接を控えた息子と私の会話を聞きながら、目を丸くしていた。

「ぶぶちゃん、お夕食だけど面接が終わってからにする?それとも今さっと食べて、帰ってからまたオカズを食べる?」

という内容だ。

笑っていたので「驚いた?」と聞くと、しばし考えて「愛されてるんだなぁ、と思いました」と苦心の返事。

「いいのよ、正直に言って。過保護だなぁと思ったのでしょ?」に、大笑いをしながら「ええ」

 

7月26日(土)

娘と買い物にいった。

娘が帰省すると必ず買い物に行っているような気がするが。

娘「家に帰ってきたら、やっぱり親のすねをかじるのは普通じゃなぁい?」と、ニコニコしながら言い出す。

携帯の機種変更・コンタクトレンズ・ぱじゃま等々。

母「でも、あなた仕送りが大分残っているといったんじゃないの?」(4月〜7月までの間で7万円くらい残っているそうである)

娘「でも、これから何があるかわからないから残しておきたいでしょ?」

娘よ、それはちょっと筋違いではないか? まずは仕送り分から必要なものを買ってゆくべきでは?

まぁ、娘としては一応ゴロニャン・スリスリして言ってみた、と言う感じで、しょうがないので銀行からおろしたそうである。

とは言っても、結局は最低限しか下ろしていなかったので、差額は親の財布からでたが。

 

馬鹿な正義に怒り心頭。

セクハラ正義め!!!!!

 

7月24日(木)

財布の中には1000円札が一枚と小銭だけ。

一週間前に残りが一万円。おろしたらきっと遣ってしまうだろうと思って、この一週間おろさないまま節約で生活をしていた。

明日は給料日。晴れて銀行にゴーだ。

 

れい君が、急に仕事が休みになったので、実家に帰る途中で来ると娘に連絡があった。

お昼を3人で一緒にした。れい君が出すと言ったが、そういう訳にもいかない。カードは便利だ。

3人で大笑いをしながらお喋りをした。

買ったばかりのオモチャを見せて自慢した。

しかし10Mのメモリが基盤に組み込まれているだけで、SDカードを買っていない事、その理由が「主人に内緒で買っただけでも後ろめたいのに、SDカードまで一緒に買うのは、どうも気がひけて。後で買おうと・・・」と正直に言ったら、テーブルにうっぷして大笑い。「いいなぁ」と何度も言っていた。褒められたと思っておこう。ちょっと正直に言い過ぎた。

 

7月23日(水)

ようやくシンポの要約が終わった。あとは、誤字脱字の見直しをしてもらうだけ。

私は結構おっちょこちょいなので、変換ミスやあきらかな間違いをそのまま見過ごしてしまいがちである。

 

気がかりが終わった事もあり、晴れて新しいオモチャをいじくっていた。

めざとい娘が「お母さん、これどうしたの??」 むぅ、、、見つかったか。

「なんで、そうやってすぐ見つけるの? ひそかに使っていようと思ったのにー」と言うと鼻の先でせせら笑われた。

娘は早速、ポチを写したりしながら「これ良いわね。ズームがあるのってやっぱり欲しいわ」。

「あげないわよ!」と念のために宣言しておいた。

しかし、娘は取り扱い説明書を一度も読んでいないまま、撮影したり、撮ったものを見たりしている。

いつも感心するのだが、どーしてそうやって、初めての機械をさっさといじくる事ができるの??

声に出してその思いを言ったようで「わからないお母さんがオカシイのよ」だそうだ。

いや、息子もきっとわからないんじゃないかな。

すぐ傍で母と姉がオモチャをいじくっているのに「僕にも貸して」を一度も言っていない。

きっと、使う自信がないからに違いない。

 

7月21日(月)

娘の友人さんは帰宅した。疲れただろうなぁとシミジミ同情する。

昨日よりも、今日は少しはリラックスしていたとはいえ、きづかれは当然。

 

昨日の午後3時過ぎに、到着した時に荷物おろしを手伝ったのは主人。

その後に娘が駐車場に案内してる間に、小さい声で「どういう人?」と聞く母。

 

そういう私はというと、東風をしていて「そろそろ着く時間だから落ちる」と言いながら、正義にうまく乗せられて、ぎりぎりまで東風をしていた。家の前に見慣れない車がついたのに気がつき、あせりまくって「正義 お願い飛ばして」「飛ばしてくれたら感謝する」と、考えられない事を叫んでいた。なのにお馬鹿意地悪正義は牛歩だ!!と、ちょっとゆっくり目に打つ。知らない人がいるのだから迷惑だから、と言う私に、知らない人も「いいですよ、ゆっくりでも」と・・・。いや、これはきっと知らない人の皮肉だったのだと思う。

最悪途中抜けをしよう、と回線接続を出そうとしていたら、終わった。即効で落ちる。

 

と、そうやって落ちてすぐに、主人に「どういう方?」と、すぐにわかるのに聞いた前段落に続く。

主人の批評は、というと・・・。 まぁ、男親というものは娘のボーイフレンドにはカライのだという事を実感した。

「先輩に送ってもらう」と聞いた昨日の時点では、私がオロオロしてるのを尻目に「ぜんぜん、気にならないけどなぁ」などと言っていたくせに、と内心笑ってしまった。

 

7月20日(日)

娘が帰省した。殆ど変化が無くいつもの娘だった。

友人が、車で送ってきてくださったのでお夕食を用意。

久々の帰省でもあり、ちゃんとまともに手抜きをしないことにした。

正義クッキングを利用しての 今夜の食事。美味しかった♪

写真をどうやって載せようかと思ったのだが、正義の物真似ばかりではつまらないので、このような形となった。

まぁ、なんとか美味しそうなのはわかるのではないだろうか。

 

7月19日(土)

娘が明日の午後帰ってくる。

夕方、車を運転していたら携帯が鳴る。

出ると「なんで家にいないの?!!」という娘の声。「どこにいるのよ?!」と続く。

(いつでも親は家にいると思わないように)

あれこれと雑談を交わしながら、娘は核心に迫って行く。

「送る洋服を詰めてるのだけど、パソコンは重いから洋服の間に詰めて送っても平気かしら」

「たこキムチ、買うにしても買うチャンスがないわよ。センターからも、ずーーーーと遠いのよ」

「だから、どうせなら迎えに来たら? たこキムチも買えるわよ?」

要するに、車で迎えにきて、というのだ。

「えーーー。だってぇ」と、ためらう母。しかしなんとなく、迎えに行っても良いかなぁ、と思いはじめて、手帳を見始めた。

娘がその間も「でもねぇ、帰ってもお友達は、夏休みが8月からだから、7月中の10日くらいは、暇してないといけないのに、なんで早く帰らないといけないの」とブツブツ言っている。

私が、「皆さん、帰らないの??夏休みなのに」と言うと、「先輩なんかは一週間だけしか帰らないし、それも帰る、と言ったら親に『え゛、帰ってくるの』と言われたらしい」と言う。

私が、軽いノリで「じゃ、先輩さんに車で送ってきてもらえば良いじゃないの」と冗談を言ったら、なんと。

「うん、それは言ってみたのよ。そうしたら高速代出すなら良いよ、って言ってた」。

まぁ、あれやこれやということで、娘はアッシー君の車で、午後に帰宅してくることになった。

夕食をご一緒にして、お泊りをしてもらうことになる可能性が高いようだ。

掃除そうじソウジ!!!! お料理は何にしよう。  しかしなぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

7月18日(金)

娘が明日、土曜日に仮免試験をうけ、日曜日には帰宅する、と言ってきた。

ようやく帰ってくる。一ヶ月はいるようなことを言っているが。楽しみだ。

帰宅しだい、娘がする年金の延納(?免除だったか?)手続き。

そういう書類が来ていることを言ったところ、「誕生日から一ヶ月以内なら、間に合うから帰省したら、自分で役所にいくから」。

成長したものだ。

1歳半のころ、出かける時に玄関で、靴を履かせようとした時に「じぶん!!クック(靴の赤ちゃん言葉)じぶん!!」から18年余り。

何分もかけて左右反対に靴を履いて、得意気にしていた娘。

帰省したら、この話を笑い話として娘に、きっとしてしまうだろう。

かわいそうな娘だ。いつまでも親に、面白半分にからかわれるとは。

さしあたって日曜日のメニューは何にするか。正義クッキングを見て考えよう。

 

7月17日(木)

昨日の夜、9時から11時の間に、アイスコーヒーを二杯飲んだせいか、もしくは疲れすぎていたせいか、布団に入っても眠れない。

30分たち、1時間たち、1時間半・・・。時計は無情に針を進める。3時の時点でとうとう起き上がってしまった。

水をのみ、居間にゆき、ソファーベッドに横たわる。

その後記憶がない。何が良かったのかわからないが、眠れたようだ。

 

ということで、本日は、連日の睡眠不足&昨日の睡眠障害から、昼間から眠い。

くだらない打ち合わせ会議の間、居眠りをしないで済む様にかなり大変だった。

夜8時過ぎに、フォークがあらわれ一試合観戦をしたあとに、折角の「うちますか?」との誘いを断り、寝に行く。9時前だ。

 

7月16日(水)

終った。おわった。シンポジウムが終った。

今朝は、2000枚余りの印刷物と、他のもろもろの資材とを持って家を出る。

重い。ものすごく重い。念のために、かかる時間に20分の余裕をもって出たのだが。

駅までの5分ほどの距離で幾度か荷物をおろして休む。

とうとう目的地の駅(地下鉄)につく。地上に出た途端に、へばって動けなくなる。

その駅の周辺には、警官が警備の為に多数配置されているのだが、中で一人が「どうしましたか?」と声をかけてくる。

「重くて・・・。ここからタクシーに乗ったらダメかしらね?」に、噴き出される。そりゃそうだろう、普通にあるいて2分くらいか。

必死に気を取り直して歩き出す。が、何歩かあるいてまた休憩。目的地はすぐそこに見えている。

その間、駅についた時、歩き出してからと、電話をしていたのだが、3度目で通じる。

「重くて。荷物を取りに来て欲しい」。

急いで迎えに来てくれるとの返事を聞いて、安堵のあまり歩道の真ん中という、なんとも中途半端な位置で、そのまま立ち尽す。

精根尽き果て、もうこの荷物を持っては一歩も歩けなくなった。(見事に手には豆ができていた)

二人が来てくれた。一人は重い資材を。他の一人には無言でバッグを渡し(大きめのバッグにも、荷物が少し入っていた)、身一つになって、歩き出す。

20分の余裕をもって自宅を出たのに、到着は5分遅れだった。

(この日記は翌朝書いているが、起床時に身体中が筋肉痛。「あれぇ・・・どうしたのかしら」と、一瞬わからなかった)

 

正義のいちゃもん日記を読んで、昨日付け日記を読んで、「ミイラになりかかったのよ、ほんとうにーーー」と、思ってしまった。

 

7月15日(火)

こつこつコツコツ、内職のようにひたすら、紙媒体での資料の印刷。家庭用プリンタでの印刷は気が遠くなる作業だ。

合計で1800強。帰宅してから、ずっとプリンタが動いている。(正確にはプリントではなく、コピー機能を使用してるのだが)

一回動かしてから、台所に行き、時間を見計らって、次の原稿をセット、その繰り返し。

3時間と見たのだが、もう4時間近くかかっている。ようやく先が見えた。残りは300枚ほどだ。あと1時間くらいだろう。

 

印刷の先がみえたところで、この2000枚と他の資材を持って行くことに漸く頭が行った。重いだろうなぁ。

他の人を呼んで手伝いを、とおも思ったが、朝早くにこちらに寄ってもらうのも気が引ける。

息子に頼もうかと思ったら、先を越されて「明日、遊びに行くから」と夕食をしながら言う。

まぁ、絶対にもてない量ではないから、ひーひー言いながら持ってゆくことになるのだろう。

 

しかし、明日使う資料が速達で前日に届くとは、綱渡りそのものだ。

 

7月14日(月)

日記を書いているのは午前の1時近いが、帰宅は12時前だった。たとえ59分とはいえ立派に12時前。

 

16日水曜日にシンポジウムがある。

レポーターの資料が届くのが遅くなり、結果として2000枚ほどを私がプリントしなければならない破目におちいる。

今までは、手配がうまくゆき、最終間に合わない部分100枚から200枚ですんでいたのだが。

添付できたファイルは開けず、(ロータスで作られているのだが、普通はロータスのファイルでも開けるのだがどうやってもダメ)連絡をとり、速達で送ってもらうことになったからだが。

私のWord、もしくはPCがおかしくなったのか?と悩んだが、たまたま他の人にも、同じ人から添付ファイルが行き、それがどうしても開かない、と相談されたことから、なんとなく納得。

送って来た方は、「他の人にも文字化けとかがある場合があるので」と言ってきていた。

それがわかっているのなら、互換性、とか相性とかの問題と思わないで、そろそろ一般的なワープロソフトを使用したほうがいいと思うのだが。

いや、別に私は、夜なべ仕事で2000枚を印刷することになるので文句を言っている訳じゃないけど。

なんと言っても、その方は大変に感じの良い紳士なのだから。感謝の気持ちがいっぱいだから。

ただ、理系の人・まだ比較的若い人・男性、と揃っていたので、パソコンに詳しいと思い込んでいたので、意外な気がしているのだ。

思い込みってちょっと怖いかもしれない。

 

7月13日(日)

今夜の正義クッキングは、スペアリヴの朝鮮風味付け。

息子がみたら、大喜びのメニューだ。

我が愛するかわいいお馬鹿息子の為に、お馬鹿正義が作った究極の『お馬鹿メニュー』

満面の笑み、手づかみで、かぶりつく姿が目に浮かぶ。

その姿をみると、ついつい私の分も、彼のお皿に移動していうrということになる。

ほんと、馬鹿な子ほどかわいい、とはよく言ったものだ。

 

7月12日(土)

昼間はお馬鹿息子の懇親会。元担任、現担任にご挨拶。

お二人から、「3年になってから大分伸びたのだから、推薦じゃなくて一般受験をしたらどうなんですか?」と、言われる。

しかし、私の「あの英語でですか???」に、元担任は頭をかかえた。現担任は「これからですよ」。

一応息子にお二人の言葉を伝えた。鼻の先であしらわれた。

 

懇親会を中座して、すんずの一時帰国オフ会に向かう。

場所は、下町の錦糸町。随分と駅前の様相が変わっている。○十年前に高校時代をすごした街。やっぱり懐かしい。

迷うことなくタクシーに乗る。正解だったらしい、2kmあるとのこと。

10数人が集まる。懐かしい面子たちだった。

驚いたことには、時の流れにもかかわらず、皆さんお若い。

4・5年経っている筈が、却って若々しくなっているというのはどうしたことなのだろう。

 

7月11日(金)

かわいいお馬鹿息子の期末テストが終った。(という事は、受験もほぼ終ったということになる)

あとは、終業式のころに出揃う(一部は二学期に持ち越しになるらしいが)指定校を見て、自分の成績と、同じく推薦を狙う面子とを考えて、希望を出す、というメンタルなカケヒキ作業が残るだけ。

(もっとも、遅刻も後7回までしか出来ないが)

情けない限りだが、本人は「きっちり勉強したい。可能性を追求してみたい」とはまったく思ってもいないのだ。

まぁ楽して、入れる大学の中で、比較的好みのところに、そこそこの気持ちで行ければよい、と考えている。

別に受験とか勉強とかにしゃかりきになれない事を、絶対的な悪とは言わないが、情けない思いを母としては持ってしまう。

「ねぇ あなた。精一杯がんばって何かを成し遂げようとかは 思わない??」と聞きたくもなる。

でも、聞かないけど。返事はわかってるようなものだから。

「ん?別に。どうして?」とおマヌケな、のほほんお顔で聞き返されるのがオチだろう。

よく言えばおっとり、正直にいえば典型的過保護の甘ったれ息子なのだ。

お嫁さん(もしも、出来たらば の話だが)、とっても申し訳ない。よろしくお願いします。

はぁぁぁ・・・・・・・・・。私の遺伝子なのかな。

 

7月10日(木)

連日夜遅くなり、正義に「また夜遊びか!」と言われている。夜遊びじゃないの!!と反発するのだが。

今夜は、胸をはって「楽しい夜遊びだったわぁ♪」と言える。

知人が、九州から関東に来るついでに東京に来るというので、新宿で飲み会を企画した。

8人くらいでこじんまりと、わいわいがやがや。関東近県から上京しての参加者も数人。

皆、忙しい人たちなのに喜んでくる。途中でどうしても来れなかった人達からの電話参加もある。

二次会まで参加して帰宅。 やっぱり楽しいわ。

しかし、8人で 「越の寒梅」一升、八海山5合(?)、ビール10本以上、とは・・・。

はじめて、越の寒梅を飲んだ。名前だけは聞いていたが、見るのも飲むのも初めて。美味しかった。

(女性二人は殆ど飲んでいないのだから、実質6人がこのアルコール消費)

 

7月9日(水)

昨日の夜に、よっぱで帰宅した正義が、あっというまに私の悪口を15、箇条書きで並べ立てた。

結構飲んでいたのだろうが、重複もしないで悪い事ばかりあげることに、ちびちゃんと私で「あっぱれ」と言ってしまった。

15のうちに、ちょっとくらい間違えて、誉め言葉の一つも紛れ込んでいないか探したが、やっぱり無かった ^^;

よっぱでお腹を出して寝込んで、風邪をひいたり、お腹を壊したりしないように、と言って 寝に行かせる♪

 

7月8日(火)

とうとう娘が二十歳の誕生日を迎えた。

娘の生まれた時間を見計らって、「お誕生日おめでとう。・・・・・・」 と携帯メールをいれた。

待ち構えたように返信がある。

昨夜12時を過ぎたころから、続々とお祝いメールが入ってきて、しみじみと嬉しい思いをかみしめている、との事だった。

自分でも「二十歳。感慨深いものがある」そうである。

難産で丸二日かけて産まれた小さい娘が、二十歳。

あっというまに思える。

いろいろと不平不満は折々にあるが、本当にこの子達を育てさせてもらえて幸せだと思う。

産まれてきてくれてありがとう。

 

7月7日(月)

七夕だがあいにくの雨模様。

一年一度の逢瀬が涙の川にさえぎられた恋人同士。せめて浮かべる恋文を、想いをこめて流す笹舟。

 

晴れても雨でも七夕は、ろまんをかき立てるものがある。

この頃の若い人は、携帯メールなのかしら。

恋文などは書かないものなのだろうか。いや、人を好きになる心に変化はないだろうから、そっとひそめる文の一つや二つはあると思うのだが。

恋愛は人の心の裡を深く考えるきっかけとなると思う。成就しても失っても、その想いを大事に育てた経験を、わが子にも持ってもらいたい。

 

明日二十歳を迎える娘が、豊かな心の触れ合いを持つことができるように。

七夕伝承を思いながら、自分の若い頃を思い出しながら、娘への言祝ぎとしたい。

 

しかし、自宅通学ならば二十歳の誕生日の時期は、なによりのホームパーティーの名目だったのに。

娘は、私からのお料理宅配便、望むならば出張料理人つき(母)パーティーに、「みゅ♪ いいねぇ」の返事をよこした。

そのうち実現させよう。

 

7月5日(土)

作業をしたり、さんまをしたり。

久々の若者がIRCチャンネルにきて、さんまを打ったしお喋りをしたし。

 

夕食メニューは、息子と私だけ。

ナス・ピーマン・豚肉の甘味噌炒め、ナスときゅうりの即席漬、マグロのお刺身、あらびきウィンナー 

これを聞いた正義の反応は、「へんなの。そんな めにゅー 食べる前にみせられたら 萎縮して はい さよなら ですな」だそうだ。

メニューがめちゃめちゃなのだろう。まぁ、そうだろうな。和洋中折衷だし。

あらびきウィンナーは息子専用(私も1,2本食べたけど)、マグロのお刺身は私専用。

どうしても、息子はお肉の塊っぽいものが欲しいのだ。

お肉と野菜を一緒にした料理では、なかなか満足できないらしい。で、つい簡単なウィンナー類を冷凍庫に常備している。

普通に料理をして、ちょっと足りないかな?息子には、と思ったら、ウィンナー類が登場する。

我が家の夕食は、和風とか洋風には統一していない。そんなものだと思うのだが。

 

窓用クーラーの取り付けは、窓枠をつけるのが大変な様子。

娘は「何も手伝えないから、手持ち無沙汰なのー」と電話で言っていた。

 

7月4日(金)

わぁい。明日は休み。休みが待ち遠しくて待ち遠しくて仕方がない。

明日、娘のところには結局私は行かないことにした。なぜならば息子を誘ったのだが「試験勉強をするから、行かない」という。

とすると、主人のほかに私も行くと、息子が一人残ることになる。

期末テストが実質的な息子の大学受験の最後になる(筈だ。そうじゃなかったら、今のままでは一般受験では合格するとこはない!!)。

その大事な時期に(息子の気持ちでは)親が二人とも、姉のところにルンルンで行ってしまったら、どんなに出来の良い性格の良い弟でも、ぐれてやる!!という気持ちになるだろう。ましてや息子は出来の良い子ではない。性格は悪くはないが。

ということで、私は行けなくなった。。。あの美味しいキムチ屋さんのタコキムチが買いたかったのだけど。

まぁ、その後二週間もしたら帰省してくるからそれを楽しみにしていよう。

 

7月3日(木)

今週の土曜日に、娘の宿舎に窓用クーラーを取り付けに行くことになった。

こちらのほうで買って行こうと思ったのだが、思いついて(というか、電気街があると教わった)娘に3万以下の窓用クーラーがあるかを見に行けるかと聞いてみた。

その午後に2種類ある、との連絡があった。車もちの先輩につきあってもらって電気街に行ったそうである。

買い物なども結構乗せてもらっていると聞いていたので「あっしー君見つかってよかったわねぇ」と言ってしまった。

「あっしー君だなんて、先輩に悪い!!」と怒られた。

お茶かお食事でも、母からお礼の気持ちです、とご馳走して差し上げてと言っておいたが。

あれこれと心配していても、遠く離れているとしょうがない。楽しく意義深い学生生活であってほしいが。

 

娘が今月誕生日。

帰宅した所、社会保険事務所から国民年金のお知らせが来ていた。

そっか、、、とうとう二十歳か。

なかなか産まれてこないで、難産だった小さい娘がもう二十歳。七夕の誕生日を逃したわねぇ、と笑ったが。

あっという間の20年だったかもしれない。

10年近く前に、7月の誕生石(ルビー)の可愛いデザインの指輪をみつけた。

「娘の二十歳のお祝いに」と買ってしまって、気が早すぎると笑われた指輪を取り出してみた。

 

これから色々なことがあるだろう。振り返った時に、面白い一生だったと思える人生を歩んでくれるように。 

んん。まだ誕生日までには5日ある。 またまた気が早いかもしれない。国民年金のお知らせで、少々センチになってしまった。

納付猶予の手続きは、帰省してから娘が自分でするそうである。

 

7月2日(水)

目がしょぼしょぼしている。昼休み・そして帰宅して手抜き夕食を作った以外、ずっとPCで、文書を見直して整理・要約つくりをする。

と一行書いたら、メールが来た。至急で対応することが、二つ・・・。

結局2時間あいだを置いて今日の日記を終らせることが出来た。って、終らせたのか?書く内容はあったのだが、棚上げ。

今も、電話の相手をしながらの日記書き。

 

7月1日(火)

今日から7月。雨ではじまった夏。

娘ははじめての大学でのテスト期間が終了。

息子は、8日から期末テストがはじまり、実質的にあと10日あまりで受験が終了することになる。(推薦で進学するから)

母はというと、先週の初めから7月の中旬まで殺人的なスケジュールになる。

外出もあるが、資料作り・資料整理もせっせとしないといけない。

もうあれこれと考えずに、流れに任せてやるしかない。

立ち止まって考えるのは、終ったあとの話だ。って、終ったあとに考えることがあるというのは、反省点だけなのだが。